第77回 「ウォーシュ氏のFRB議長への道のり」
2026年2月26日
「金利を大幅に引き下げるべきだと信じている人物になるだろう」――。
2025年12月17日、トランプ大統領は連邦準備制度理事会(FRB)議長の後任について、このように発言しました。
ウォーシュ氏とはどのような人物か
2026年5月15日にパウエルFRB議長の任期が満了となるため、昨年夏頃から後任人事が検討されてきましたが、今年1月30日、ついにトランプ大統領はケビン・ウォーシュ元FRB理事の指名を発表しました。
そのウォーシュ氏ですが、1970年4月13日生まれで、今年5月にFRB議長に就任する際は56歳になります。ちなみにパウエル氏が議長に就任した時は65歳でしたので、比較的若い議長になると考えられます。
ウォーシュ氏は2006年2月に35歳でFRB理事に就任し、当時は史上最年少の理事でした。その後、2007年のサブプライム・ショック、2008年のリーマン・ショックを経て、2011年3月に辞任しています。
トランプ大統領から「大幅利下げを信じる人物」としてFRB議長に指名されたウォーシュ氏ですが、2008~09年の金融危機・景気後退期には、金融緩和に消極的な「タカ派」とみなされていました。例えば、2008年9月に「インフレ面での懸念を手放す準備はまだできていない」と発言したほか、2009年半ばには利上げ再開を主張しました。
しかし、2025年7月のCNBCとのインタビューでは、人口知能(AI)がコストを削減して生産性が向上するのでディスインフレになると発言し、「ハト派」の姿勢を示しました。以前のFRB理事時代からかなり変化している模様です。
ところが、1月30日の指名発表後、ウォーシュ氏はほかの候補ほど利下げに積極的ではないとの見方が強まり、外為市場ではドルが上昇しました。また、ウォーシュ氏はFRBのバランスシート縮小を志向しているとの観測で、米国の長期金利が上昇しました。それは、昨年11月にウォーシュ氏がWSJ誌に寄稿した意見記事で、FRBが大量の国債を保有(=膨張したバランスシート)していることを批判していたためです。
今後、米連邦議会上院で公聴会が行われるので、ウォーシュ氏の考えの詳細はしばらく議会の審議進行を待つことになります。
FRB議長はFRB理事でもある
さてここでFRBの仕組みについて触れておこうと思います。FRB議長はFRB理事でもあります。FRB理事は7名で、任期は14年間とかなり長期間となっています。図1は7名のFRB理事の任期の構成を示しています。FRB理事は大統領が指名するのですが、各自の14年間の任期には2年の期間差が設けられており、1人の大統領の影響を受けにくい制度となっています。ただし、FRB理事は任期の途中で辞任するケースもよく見られます。その場合でも14年間の任期は固定され、空席となった理事の後任は前任の任期期間を受け継ぐこととなります。例えば、2025年9月にミラン氏がFRB理事となりましたが、任期が2026年1月末のポストでしたので、現時点で任期満了となっています。なお、ミラン理事は後任が決まるまで現職に留まっています。FRB理事は満席状態ですが、今後、ウォーシュ氏がミラン氏の任期(2040年1月)を引き継ぐと見込まれており、トランプ大統領任命の理事の数は増えない模様です。
1人の大統領の意向でFRB理事が影響されないように設計されているものの、トランプ大統領は自分が任命する理事を増やしたいと考えているようです。現在、7名の理事のうち4名がトランプ大統領に任命されており、過半数となっていますが、読者の皆様もご存じの通り、トランプ大統領は利下げ要求に応じないパウエル議長を批判しています。
そんななかで、バイデン前大統領が任命したクック理事に対し、住宅ローン申請での虚偽申告疑惑での解任について裁判が進行しています。ここが空席になると、トランプ大統領任命の理事が過半数を占めることが可能となります。
通常、FRB議長が退任する際は同時に理事も退任しますが、トランプ政権からの圧力が高まるなかでパウエル議長が理事(任期は2028年1月)に留まる可能性まで囁かれており、FRB理事の構成がどうなるか、金融市場の関心を集めそうです。
FRB議長の交代で金融市場動揺も?
FRB理事7名の過半数をトランプ大統領の意向を汲み易い人物で固めたとしても、金融政策の決定には地区連銀総裁も投票権を持っています。連邦公開市場委員会(FOMC)では、FRB理事7名に加えて、地区連銀総裁5名(ニューヨーク連銀だけ固定、4名は輪番)、合計12名が多数決で投票します。
FRB議長は、FOMCの議長としてこれら12名の意見を取りまとめていく必要があります。FRB議長と言っても、FOMCの投票権は1票です。民主的に議論を尽くすことへの信頼感が金融市場から得られることが重要ではないでしょうか。
特に、FRB議長交代直後は、金融市場が動揺する場面が過去に見られました。図2はその歴史をまとめたものです。
(出所:Bloombergのデータより作成)
FRB議長交代で必ず危機が起こるわけではありませんが、議長交代後の「慣らし運転」の期間に利上げ期が重なると、金融市場の動揺につながるリスクが高まることが警戒されます。図2のボルカー氏からグリーンスパン氏への交代(①)と、グリーンスパン氏からバーナンキ氏への交代(②)が、その例と言えるでしょう。
現状のFRBは利上げ局面にはなく、利下げをするかどうかが焦点ですので、過去のような金融市場の動揺の可能性は低いと思われます。しかし、トランプ政権からFRBへの干渉が強まるなか、中央銀行の独立性への懸念が燻っています。
新しい議長がFRB理事・地区連銀総裁から出てくる多様な意見を調整して、金融政策の一貫性を保ちながら合意形成を行っていけるか、金融市場参加者はウォーシュ氏の発言を注目しています。今後は、まず、上院銀行委員会での公聴会で質疑応答が行われ、上院本会議での承認投票が実施されます。ここで過半数の賛成が得られれば承認され、議長としての任命が確定します。
ウォーシュ氏の発言として筆者が注目しているポイントは、利下げにどのくらい積極的あるいは消極的なのか、また、FRBのバランスシートの適正規模や縮小ペースについてどのように考えているのか、です。特にバランシート縮小は米国債の需給に影響するため、為替相場だけでなく長期金利が大きく変動する可能性があるため、しっかりと見ていきたいと思います。
(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)
執筆者紹介
瀬良 礼子(せら あやこ)
三井住友信託銀行シニアマーケットストラテジスト
1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。
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