2026年8月13日

「ファイナンシャル・ウェルビーイング」という概念が広まりつつあります。ファイナンシャル・ウェルビーイングとは、「お金の不安に左右されることなく、自分らしい人生を安心して描き続けられる状態」のことを示す考え方です。

ここで重要なのは、ウェルビーイングという言葉です。ウェルビーイングとは、一般的には 「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」を意味しています。世界幸福度ランキングのデータ提供元である米国調査会社ギャラップ社によると、ウェルビーイングは、健康、コミュニティ、人間関係、キャリア、お金など5つの概念で構成されており、ファイナンシャル・ウェルビーイングもその中の1つです。

では、個人の家計におけるファイナンシャル・ウェルビーイングの具体的なイメージはどういったものでしょうか。ミライ研では「将来のライフイベントを適切に把握し、賢い意思決定によりお金に関する不安を解消させ、未来に向けて自律的に行動できる状態」だと考えています。

「お金が多い=満足」とは限らない

ファイナンシャル・ウェルビーイングを家計の満足度と考えると、「年収や金融資産が増えれば実現できる」と思いがちです。しかし、そういうわけでもなさそうです。

日本版Well-being Initiativeという組織が「現在のウェルビーイング」と「5年後のウェルビーイング」についての相関関係と影響要因について調査しています(2022年度調査)。それによると、自分の「現在の生活」と「5年後の生活」のウェルビーイング状態を評価するにあたって最大の要因となったのは、「所得に対する主観的感情(自分が自分の所得に対してどれくらい満足しているか)」でした。一方、「(自分の)客観的な所得水準」は前者との相対比較ではかなり低位にあることが判明しています(図表1)。この調査結果は、自分の生活水準などに照らして、現在の所得や将来の所得が満足と思えるかどうかがウェルビーイング度全体に影響していることを示しているといえます。

(図表1)現在と5年後の生活指数の影響要因(影響度によるランキング)

※注:これらの指標は、P値0.05以下であり、統計的に主観的ウェルビーイングの影響要因としての重要性が低い

性別、年齢、最終学歴、雇用状態、所得レベル、世帯規模、配偶者の有無、地域性(都会部・地方部の差)、最低生活費の有無、健康上の問題など、主観的ウェルビーイングに影響を与えると認識されている人工統計学的特性や態度、その他の関連条件を採用し、あらゆる特性の主観的ウェルビーイングに対する影響(つまり効果の大きさ)レベルのランク付けをしたもの

本ランキングは2023年ギャラップ社が日系のためにDatawrapperで作成

(出所)日本版Well-being Initiative

例えば、収入が増えても支出水準が同時に上がれば、生活の余裕感はむしろ低下する可能性があります。いわゆる「生活水準の引き上げ」です。逆に、収入がそれほど高くなくても、「この水準で十分に暮らしていける」という納得感があれば、安心して生活できるでしょう。

つまり、ファイナンシャル・ウェルビーイングの本質は「金額の多寡」ではなく、「自分の人生設計に照らしてお金をコントロールできているか」という感覚にあるといえます。

カギは“生涯キャッシュフローの見える化”

では、ファイナンシャル・ウェルビーイングを高めるために何が必要なのでしょうか。ミライ研では、「生涯キャッシュフローをマネジメントできている実感」を持つことが極めて重要だと考えています。

「生涯キャッシュフローをマネジメントする」とは、個人のライフタイムの中で「ヒト・モノ・お金」の3つの資産をどのように形成するか、その形成の過程において金融商品や金融サービスをどのようにスマートに(賢く)活用していくかです。例えば、ヒトという資産の形成を考えてみると、キャリアアップのための自己投資や教育を受けることなどがあげられますし、モノ資産の形成として住宅の取得などがあります(図表2)。

人生には、住宅取得、子の教育、老後生活といった大きな支出イベントが存在します。これらは数百万円から数千万円単位に及び、現在の手元資金だけでは対応できないケースも少なくありません。

ここで重要になるのが、「時間軸を変換する」という発想です。住宅ローンはその典型例です。本来は「購入資金を貯めてから買う」住宅を、「先に取得し、将来の収入で支払う」仕組みに変換します。同様に、老後資金準備について考えてみると、「現役時代の収入の一部を将来の老後生活費用に充当するために仕送りする」取り組みと考えることができます。その代表的な制度が、iDeCoやNISAです。

(図表2)ファイナンシャル・ウェルビーイングにおける金融商品・サービスの役割イメージ
  • 三井住友トラスト・資産のミライ研究所作成

    • 遺言信託について詳しくはこちら

    • ローン(住宅ローン、リバースモーゲージ、リ・バース60等)について詳しくはこちら

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iDeCo:老後資金を“自分で年金化”する

iDeCo(個人型確定拠出年金)は、老後資金形成に特化した制度です。最大の特徴は、掛金・運用益・受取時のすべてに税制優遇がある点です。

まず、掛金は全額所得控除の対象となり、現役時代の税負担を軽減できます。例えば、年間24万円を拠出する場合、所得税・住民税を合わせて数万円規模の節税効果が期待できます。これは「資産形成をしながら同時にキャッシュフローも改善する」という意味で、ファイナンシャル・ウェルビーイングの向上につながっている制度といえます。

次に、運用益が非課税である点も重要です。通常、投資信託などの運用益には約20%の税金がかかりますが、iDeCoではこれが免除され、複利効果を最大化できます。

さらに、60歳以降は年金または一時金として受け取ることができ、「自分年金」を構築することができます。これは、公的年金に上乗せする形で安定した収入を確保するという意味で、将来の安心感を高める重要な仕組みといえます。ただし、原則60歳まで引き出せないため、「長期目的の資金」として位置づけることが必要です。

NISA:柔軟性の高い“使える非課税投資枠”

一方、2024年から制度が大きく拡充されたNISAは、より柔軟に資産形成を行える制度です。NISAでは、「つみたて投資枠」と「成長投資枠」の併用ができ、年間最大360万円、生涯で1,800万円まで非課税投資が可能です。最大のメリットは、売却益・配当が非課税であり、かつ途中引き出しも自由である点です。

老後資金準備だけでなく、教育費や住宅資金など、ライフイベント全般に対応できる“汎用性の高い資産”として活用することができます。例えば、「長期の積立投資で老後資金の一部を準備する」「必要に応じて途中で取り崩し、ライフイベントに充当する」といった柔軟な活用ができます。iDeCoが“引き出せない代わりに強力な税制優遇を持つ仕組み”であるのに対し、NISAは“いつでも使える非課税投資枠”と整理できます。

制度を組み合わせて「不安を分解する」

ファイナンシャル・ウェルビーイングの視点から重要なのは、今感じている将来への不安を『分解する』ことです。老後不安とよくいわれますが、その中身は「どの程度不足するのか」「いつ必要になるのか」が曖昧なまま語られがちです。

そこで、「日常生活費をカバーする公的年金」「生活のゆとりを上乗せするiDeCo」「流動性のある運用資産はNISA」といった形で役割分担を明確にすると、「何がどこまで準備できているか」が見える化できます。この“見える化”こそが、「自分はコントロールできている」という実感を生み、主観的満足度を高め、ファイナンシャル・ウェルビーイングの向上につながります。

ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現に向けて

ファイナンシャル・ウェルビーイングとは、単に資産を増やすことではなく、「自分の人生において必要なお金の流れを理解し、主体的にコントロールできている状態」です。

その実現のためには、

  • 1.
    ライフイベントと必要資金を把握する
  • 2.
    生涯キャッシュフローを見える化する
  • 3.
    iDeCoやNISAなどの制度を適切に組み合わせ

という取り組みが有効です。

不確実な時代においては、「将来への備えができている」という感覚はより大きな安心につながります。

制度を上手に(スマートに)活用しながら、「自分ならでは」のファイナンシャル・ウェルビーイングを実現していきましょう。

ミライ研 三井住友トラスト・資産のミライ研究所

「三井住友トラスト・資産のミライ研究所」は、人生100年時代に適応した資産形成や資産活用に関する調査・研究を中立的な立場で発信することを目的として、2019年に三井住友信託銀行内に設置した組織です。人生100年時代を安心して明るく過ごすために、資産形成・資産活用に関する情報をホームページや書籍を通してお届けしています。

執筆者紹介

丸岡 知夫(まるおか ともお)

三井住友トラスト・資産のミライ研究所 所長

1966年 丙午年生まれ。1990年に三井住友信託銀行に入社。確定拠出年金業務部にてDC投資教育、継続教育のコンテンツ作成、セミナー運営に従事。2019年より現職。ウェルビーイング学会会員 ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会員。
『「金利がある世界」の住まい、ローン、そして資産形成』(金融財政事情研究会、2024)等の著書、論考多数。

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