ゲッティンゲン大学のフォルカー・リップ教授と対談
―日本金融機関の高齢者対応をドイツ世話法(成年後見法)の改革理念から学ぶ―

ドイツは昨年日本の成年後見制度にあたる世話法(民法)を改正しましたが、そのドイツ世話法の第一人者であるフォルカー・リップ教授をお招きし、三井住友トラストグループ高倉社長と超高齢社会問題に関する対談を開催しました。
フォルカー・リップ教授は日本成年後見法学会主催の国際シンポジウム「ドイツ世話法改正と日本成年後見法の今後」出席のため来日されており、本対談が実現したものです。

―ドイツ世話法の理念―

高倉社長(以下、高倉):本日はこのような時間をいただきありがとうございます。まず、三井住友トラストグループのお話を少しさせていただきます。私どもは、100年前に信託会社としてスタートしました。信託という機能を使って社会課題を何とか解決しようという事で、100年間やってきたわけですが、現在日本では「気候変動・脱炭素」と「人生100年時代」が、大きなテーマとなっています。昨年改正されたドイツの世話法は、人生100年時代のテーマに大変役に立ちそうと考えています。まずはドイツ世話法の現状の考え方および将来に向けての検討事項等を教えていただけますでしょうか。

フォルカー・リップ教授(以下、リップ):具体的な世話法関連の制度のお話をする前にそもそも何故ドイツ世話法の改正が検討されたのかその背景について少しお話します。
主に二つのポイントがありました。一つ目は超高齢社会における高齢者への対応、二つ目がメンタルの問題を抱えている方や障害者の方々など、社会的に脆弱な人々に対しての対応です。
一つ目の高齢者と二つ目の社会的に脆弱な人々は共通した課題をお持ちですが、違う面もあります。例えば、高齢者の方々はお若いときには自立して生活されており、障害者の方々は幼少期から障害を抱えた生活を送っていることが多くあります。まずは、共通点がありながら、別の側面があるということを認識すべきなのです。
法的な制度として、このような方々をこれからどのようにサポートすればいいのかを考えるには、各々の共通項を考える必要があります。以前だと、自らの世話をしてくれる人に依存することが多かったと思いますが、昨今の状況を勘案すると、自立してご自身で生活できるような環境が整ってきました。このような変化を、法律の枠組みとして考慮しつつ、制度の整備を進めなければならないのです。
もう少し具体的にお話しすると、その方がどのくらいの経済力があるか、資産をどういう風に活用したいか、各々の状況に応じたサポートを考える必要があります。

―自己決定の尊重―

高倉:日本においても状況はかなり似ていると思います。先ほど各々の状況に応じたサポートを考える必要があるというお話がありましたが、日本では、任意後見と民事信託の両方の制度が使われています。
任意後見は法律で定められたもので、その法律に沿った運営が必要になります。民事信託も信託法という法律に沿ってはいますが、比較的自由にそれぞれの方に応じた柔軟な設計が可能です。財産の一部を特定し、その信託の目的をはっきりさせるので、財産を託される方のご意思を反映するような運用や使い方ができる仕組みになっています。
高齢者が増える過程で、任意後見と民事信託の件数が増えているわけですけれども、まだ多くの方が自らの望む活用ができる状況には至っていないと私は認識しています。
このような制度の高度化を考える上でドイツの世話法の考え方や実情を教えていただけませんか。

リップ::ドイツではこの分野で信託を使ってはいません。もしかしたら活用できるかもしれませんけれども、現状はそれを使っていない状況になっています。また、任意後見制度や法的世話制度*1が使われているというよりは「支援」や「保護」がキーワードとなっています。これに加え、体の不自由な方に対してはいろいろな代理委任状を活用できる制度があります。このような制度のプラスの側面は法的世話人や任意後見人が、財務面だけでなくパーソナルな部分も制度のなかで対応できるという利点があります。
そういった意味では一人の信頼できる人物が特定される訳ですが、これは裁判所が選任する法的世話人であることもあれば、任意後見人という事もあります。いずれにしても、この指定された方が、財務面やパーソナルな部分の両方をケアすることが出来るので、両方の関連性を考えた上で対応ができるという事になります。
法的世話人または任意後見人どちらであっても、柔軟性というものが制度上担保されており、本人の意思を反映させた形でサポートすることが可能になっています。
任意後見制度は、家族・親戚など近しい方々が活用することが多いです。理論上は弁護士を指定することも可能ですが、ほぼありません。法的世話制度は、家族や親しいご友人がいない場合に、プロにサポートを依頼する制度となります。よって、任意後見制度の場合は、制度としての縛りは緩やかですが、法的世話制度では外部の方が関わるので、厳格なものになっています。

  • *1法的世話制度:ドイツの、日本の法定後見に類似する障害者をサポートする制度

―支援と保護―

高倉:よくわかりました。一点質問させていただきたいのですが、リップ先生が登壇された国際シンポジウムで印象に残っているキーワードが二つあります。「自己決定」と「パターナリズム*2の排除」です。世話法の考え方にも関するところだと思いますので、詳しく教えていただけますでしょうか。

リップ:一番のポイントは人権です。自立性をより一層重んじることで、保護を重視するパターナリズムを排除していこうという動きに繋がりました。例えば、少しでもご自身で意思決定できる能力をお持ちであれば、その部分を尊重しなければいけないという風潮になったということです。そこで一番問題かつ答えがでないのは、ご自身で意思決定できる能力がまだあるかどうか、この線引きが難しいのが現状です。

高倉:私ども信託銀行では、資産運用や相続のご相談を受けることが多いです。その際、ご自身が自己決定するにあたり我々の専門性を提供し意思決定をサポートするということで、取組んでいます。ただその際にも、同じような悩みがあり、お客さまご自身で意思決定できる力がどれだけ残っているかを判断するのは、お客さまが高齢者の方であれば特に悩みながら取り組んでいるところです。

リップ:ドイツでも常に同じ議論になっています。ドイツの法律では、本人の理解力がないという事を断定的な何かの証拠をもって言えない限り、ある程度自ら意思決定できると認め続けなければいけない、ということが定められています。
ただ、例えば高齢者の方がアドバイスを受けて本人が了解したとしても、本当にそれを理解して、勧めているかは判断が付き辛いという事があります。法律的に定義されていはしますが実務的な問題としては、この法律が自己決定能力をもっているかどうか判断する基準を設けることに繋がってはいません。そういう中では、お客さまの家族や任意後見人など、ご本人が信頼している方のご意見を聞くことが大切だと思います。
恐らく、銀行としても長年お客さまとお付き合いがあると思うので、お客さまが信頼している方などとの意見も聞きながら納得感のある判断を行うことが大切になるでしょう。法律だけに頼ると十分に対応できない事もあるかもしれません。
次に検討されるのはデジタル化だと思いますが、デジタルを通じてコミュニケーションを行うことは利便性がありますが、お客様がデジタルを通じたアドバイスを受けたときにその内容を十分に理解しているとは限りません。利便性の一方で特に高齢者の方々にとっては、内容をしっかりと理解できないまま取引を行い問題を増やすことに繋がる可能性もあると思います。

高倉:私どもの各営業のセクションで、日々発生している具体的な事例の積み上げが、我々のナレッジになっています。お客さまとそのご家族等を含めてファイナンシャルウェルビーイングの実現をしていけるようにサポートしていく姿勢で取り組んでいます。

リップ:世話法は昨年二回目の改定を行いました。その時の一番のポイントが、必要なサポートしたうえで、本人の意思決定を尊重しなければいけないというところでした。これは必ずしも世話法だけの話ではなく、例えば、医療機関であれば医師が患者に対して治療の必要があるというときに、情報提供したうえで合意を得るという事が大切になります。サポーテッドディシジョンメイキング(支援付意思決定)を整備したうえでの自ら意思決定していただくという考え方は、様々な領域で非常に重要なテーマとして網羅すべきと考えられています。

高倉:よくわかります。当社も100周年を機に今アカデミアの方々と「社会的共通資本と信託」というテーマでディスカッションを始めたところです。そのテーマは三つあり、一つ目は環境問題・食料問題、二つ目は社会インフラ、三つ目は医療・教育・金融などの制度の関係です。そういう意味で、ドイツでも医療をはじめ様々なテーマに共通の考え方が入っているという事ですが、私どもも環境問題やインフラ等のところで共通して信託としてどんな役割が果たせるか考えているところです。

リップ:パターナリズムの廃止や自己意思決定への移行というのは、ドイツでの重要なポイントではありますが、実は1992年に完全に法的世話人に任せるという形の法律を無くしてしまいました。ただ、ここで気を付けなければならないのは、仮に日本の成年後見法の廃止を議論した場合、例えば、本人は意思決定ができないにも関わらず、意思決定ができると思われることがあれば、問題は全く解決されていないことになります。法律の改定などを検討するときは意思決定できない方達が、意思決定が出来ない人間として認識される形をとる必要があります。そうでなければ、意思決定出来るかどうかの境目がわからないことになり、どう扱っていいか、分からなくなってしまいますので、意思決定能力が無いという事が法律の中でも反映される仕組みが必要だと思います。

高倉:非常に重要なポイントだと思います。本日はありがとうございました。

  • *2パターナリズム(paternalism):親が子供に対するように、強い立場にある者が、本人の最善の利益のためとして、本人の意思を問わずに本人に代わって物事を決定し支援することをいう

フォルカー・リップ(Volker Lipp)

1962年生まれ。1994年法学博士号取得。2000年よりゲッティンゲン大学教授(名誉博士)。ドイツ倫理委員会(Deutscher Ethikrat) 元代表

  • ドイツの専門家からなる独立した委員会で、個人と社会に関する倫理、社会、科学、医療、法律における諸問題についての見解を政府に提言する。26人の定員の半数は首相とドイツ連邦政府によって推薦、残りの半数はドイツ各州によって推薦される。

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