第58回「ECBがついに利下げを決定」
2024/06/27

「金利が直線的な低下軌道をたどることを意味するものではない」――。
6月10日にラガルドECB(欧州中央銀行)総裁はこのように発言し、連続的な利下げを否定しました。ECBはその4日前に4年9ヵ月ぶりに利下げを実施しており、ラガルド総裁の発言はそれを受けたものでした。
いくつかの中央銀行が利下げを実施
2022年に世界的にインフレ率が急上昇したことを受けて、各国の中央銀行は利上げを実施してきましたが、2024年3月21日にスイス中銀が主要中銀の中で初めて利下げに踏み切りました。スイスのCPI(消費者物価指数)が利下げ直前の2月時点で前年同月比+1.2%へ減速していたことが背景にありました。
今年に入り、これまでの利上げから利下げに転換した地域・国は以下の通りです。
- 3月21日 スイス
- 5月8日 スウェーデン
- 6月5日 カナダ
- 6月6日 ユーロ圏
図1はこれらの地域・国のインフレ率の推移を示したものです。各国とも2021~22年にインフレ率が加速していましたが、2023年以降は減速傾向となっていました。スウェーデン中銀とカナダ中銀も、利下げの背景としてインフレ率の低下を挙げています(スウェーデン中銀は経済活動の弱さも指摘していましたが)。

(※カナダ中銀の測定対象である3つのコア指標の平均)
(出所:Bloombergのデータより作成)
ECBは主要中銀では4番目に利下げに踏み切りました。最後の利上げは2023年9月で、それから9ヵ月後の利下げとなります。
6月6日のECBの利下げは0.25%ポイント幅で、主要政策金利である預金ファシリティ金利は過去最高の4.0%から3.75%へ引き下げられました。利下げの理由についてECBは声明文で「インフレ率が2023年9月以降2.5%ポイント以上低下し、インフレ見通しが改善した」と説明しています。
ECBの次の利下げへの示唆
6月6日のECBの利下げに対し、ユーロの為替相場はあまり大きく変動しませんでした。通常、利下げとなると通貨安に振れると思いますが、事前の織り込みが進んでいたため、ECBの利下げはマーケットにサプライズを与えませんでした。
6月6日のECB理事会で注目されていたのは、その後の利下げのペースについてどのような示唆がなされるかでした。その点について、声明文では「賃金の伸びが高止まりしていることから、国内の物価圧力は依然として強く、インフレ率は来年も目標を上回って推移する可能性が高い」と述べられ、インフレとの戦いがまだ終わっていないことが示されました。したがって、次の7月18日の理事会で連続して利下げが実施される可能性はかなり低いと思われます。
追加利下げがまだ先になる可能性が高いことで、6月6日のユーロは対米ドルで1ユーロ=1.086~1.090ドルの小幅なレンジでの推移に留まりました。なお、その翌日の6月7日にユーロは対ドルで下落しましたが、それはECBが理由ではなく、米国の雇用統計が事前予想を上回って強かったためです。
冒頭に示したように、6月10日にラガルド総裁はすぐに追加利下げを行うとは限らないとの考えを述べました。インフレへの「勝利宣言はまだしない」とも発言しており、インフレを巡る環境が一段と改善しなければ、追加利下げ観測は盛り上がりにくい状況となっています。
ユーロ圏の賃金上昇率が鍵に
追加利下げについては、6月6日のECB声明で「データに依存し、会議ごとに決定していく」と述べられ、インフレ率がECB目標の2%を達成できるかどうか、データで確認していきたいとの姿勢が示されています。
この点については前述したように、「賃金の伸びが高止まりしている」ことが注目されます。米国と同様にユーロ圏でもパンデミック後に人手不足が顕著となり、賃金上昇率が加速しています(図2参照)。

(出所:Bloombergのデータより作成)
図2にはユーロ圏の賃金上昇率として、労使交渉での妥結賃金の前年同期比伸び率を示しています。直近データは2024年1~3月期ですが、前年比+4.69%と高止まりしたままです。また、失業率もデータ始期の1998年以来の最低水準にあり、労働需給がひっ迫しています。ECBとしては、賃金上昇率がしっかりと減速することが確認できないと、追加利下げには踏み切りにくい状況です。
6月上旬の欧州議会選挙で極右政党が議席を増やし、フランスのマクロン大統領は国民議会の解散総選挙(6月30日と7月7日に投票)を決めるなど、ユーロ圏でも政治面で不透明感が高まっています。今年はパリで夏季オリンピック・パラリンピックが開催され、華やかなイベントが注目されていますが、政治の不透明要因が景気下振れ、ひいては賃金上昇率の減速につながらないか、多角的にチェックしていく必要がありそうです。
(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)
執筆者紹介

瀬良 礼子(せら あやこ)
三井住友信託銀行マーケット・ストラテジスト
1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。
執筆者関連書籍のご紹介
《本資料は執筆者の見解を記したものであり、当社としての見通しとは必ずしも一致しません。本資料のデータは各種の情報源から入手したものですが、正確性、完全性を全面的に保証するものではありません。また、作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。投資に関する最終決定はお客さまご自身の判断でなさるようにお願い申し上げます。》