2026年10月29日

「国民の命と暮らしを守り、経済活動に支障を生じさせないよう、ガソリン価格を引き続き全国平均170円/L程度に抑制する」――。

高市早苗首相は、8月25日の「中東情勢を踏まえた緊急的激変緩和措置」及び「物価高対策」等についての会見において、このように発言しました。

政府支援で抑えられる日本のガソリン価格

2026年2月末に米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始し、国際商品である原油価格が急騰しました。これにより、日本のガソリン価格に上昇圧力がかかりましたが、3月19日から政府による支援策が実施されました。政府は、燃料油元売りに補助金を支給し、小売価格の引き下げを促しています。

原油価格は今年3月に急騰した後、6月末頃に緊張緩和期待から下落する場面もありましたが、イランによるホルムズ海峡の封鎖や紅海のバブエルマンデブ海峡へのフーシ派の支配力強化など、エネルギー供給ルートが制約されることで、原油価格は高止まりしている状況です。

資源エネルギー庁によると、10月5日時点の日本のガソリンの小売価格は1リットル当たり170.2円、政府からの補助が無ければ220.9円でした。今年3月19日に「中東情勢を踏まえた緊急的激変緩和措置」が開始されて以降、170円前後でほぼ横ばいとなっており、冒頭の高市首相の発言の通り、1リットル当たり170円程度に抑制されています。

一方、米国では10月5日時点のガソリン小売価格が1ガロン当たり4.354ドルでした。税制が異なるため、日米のガソリン小売価格を比較することに意味はありませんが、米国のイラン攻撃前後の価格変化には注目する価値があります。イラン攻撃開始前の2月23日時点の米国のガソリン小売価格は1ガロン2.937ドルでしたので、そこから10月5日までに48%も値上がりしています。

燃料や食料の価格高騰が11月3日投票の中間選挙で共和党の逆風となっているとの報道を頻繁に目にしますが、ガソリン価格の変化を日米で比較すると、それも納得できるのではないでしょうか。

石油調達先の転換が変える日米貿易

今年2月末に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃は、単に原油価格が高騰しただけではなく、原油や石油製品の供給を著しく阻害しました。日本ではエネルギー資源の中東依存度が高いため、ホルムズ海峡封鎖により日本の経済活動に大きな影響が出ました。例えば、ナフサ不足で資材調達ができず住宅建築が滞っているなど、ニュースを見聞きされた方も多いと思います。

しかし、最近では石油等の調達が滞っているとの話は聞かれなくなりました。ご存じの方も多いと思いますが、中東から米国へ輸入元をシフトしたことが背景にあります。日本の財務省が公表している貿易統計のデータを使って、我々が中東地域と米国からどのくらい石油等を輸入しているのか確認してみると、石油及び同製品の輸入額の国・地域別の比率は、2025年の中東地域(湾岸協力会議6ヵ国:サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、カタール、バーレーン、オマーン)が83.5%、米国が4.1%でした。それが、2026年4~8月では中東地域が54.8%、米国が26.2%となりました。

その結果として、日本の米国からの輸入額が大幅増加し、図1にあるように、直近の2026年8月時点では日本の対米貿易黒字はほぼ解消している状況です。

(図1)日本の対米国輸出入額の推移(月次データ) (図1)日本の対米国輸出入額の推移(月次データ)

(出所:INDB-Accel・財務省のデータより作成)

トランプ大統領は米国の貿易赤字を解消すべく関税引き上げを行ってきましたが、イラン攻撃によって中東からのエネルギー調達が困難になったことで待望の対日本の貿易赤字解消が達成できたことになります。しかし、このような状況になると、日本から米国への輸入代金の支払いが原油価格に左右され、円安解消のハードルにもなりそうです。

米国の原油戦略備蓄の減少から抱く不安

では、石油等の輸出の増加は貿易赤字が縮小するので米国にとって嬉しいことなのでしょうか。ガソリン価格がイラン攻撃前より約1.5倍になっていることを考えると、米国の国民にとっては家計の負担が重くなり、不満が募ることは容易に想像できます。実際に、11月の中間選挙の結果予測について、「民主党が下院を奪還する公算大、上院は五分五分よりやや民主党優勢」という見方が現時点では主流となっています。経済を良くしてくれるとの期待を込めてトランプ大統領を支持した人々が、与党の共和党に失望をしていると考えるのが自然ではないでしょうか。

トランプ政権も焦っているのか、10月9日に「ロシアが米国と世界市場に対してディーゼル30万トン超を直ちに供給することで合意した」と公表し、対ロシア制裁を一時解除しました。トランプ政権の姿勢が親ロシアに傾いている点は共和党内でも波紋が広がっています。

このようなトランプ政権のなりふり構わない姿勢で気になるのは、米国の原油の戦略備蓄が減少していることで、ガソリンや軽油の価格を引き下げたいとの政権の思惑から輸出を規制しないか、という懸念です。図2は米国の原油在庫の推移を示したものです。内訳として政府による戦略備蓄の動向も示していますが、かなり減少していることがわかります。

(図2)米国の原油在庫の推移 (図2)米国の原油在庫の推移

(出所:Bloombergのデータより作成)

もともと2017年から戦略備蓄を減少する方針が進められていましたが、2022年と2026年の原油価格急騰時に戦略備蓄を大量放出したことで、直近では2017年初めの水準の約4割まで減少しています。生産量がやや高まっていることで、民間在庫も合わせた全体ではさほど減少していませんが、ガソリンや軽油の価格抑制のために突然の原油輸出規制が発表される可能性はゼロとは言い切れないように思います。

日本が米国からのエネルギー調達を高めたことが裏目に出ないか、そしてそれがインフレ懸念からの金利上昇につながらないか、まずは11月3日の中間選挙まで否が応でも緊張感が高まります。

(三井住友信託銀行マーケット企画部 瀬良礼子)

執筆者紹介

瀬良礼子氏の顔写真

瀬良 礼子(せら あやこ)

三井住友信託銀行上席理事

1990年に京都大学法学部卒業後、三井住友信託銀行に入社。公的資金運用部にて約6年間、受託資産の債券運用・株式運用・資産配分業務に携わった後、総合資金部で自己勘定の運用企画を担当。以後、現在にいたるまで、為替・金利を中心にマーケット分析に従事。

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